2008年04月25日

ヒヤシンス  −私がこの道に入る前の修行時代の想い出話です。

中 塚   久

私がこの道に入る前の修行時代の想い出話です。

時は昭和28年、ところは信州松本市の旭町、スズキ・メソードの祖、鈴木鎮一先生のご自宅です。今日は研究生の具ループレッスンの日で、5、6名の若者が先生のご指導を受け、それが終わると、お茶の時間、鈴木先生を囲み、談笑の中から私たちは含蓄のある先生のお話を伺えるのです。

時にはスズキクヮルテット時代の裏話だったり、講和だったりと様々ですが、どれをとっても、勉強中の私たちには実になるお話です。

それはさて置き、気になることは、窓辺におかれた一鉢の植物です。当時流行った水栽培の球根だそうで、ガラスのフラスコ風の容器の口元に一個の球根を乗せ、水を満たして追々花を咲かせて楽しむというもので、先生も毎日観察しながら、その成長を楽しんでおられました。レッスンに伺う度に、私たちも一緒に花を咲かせる日を楽しみにしておりました。それが期待を裏切りさっぱり芽が出ないのです。

伸びるのは水の中の根ばかり、その姿は、『蔓延る』という形容がぴったりの勢いで、先生が仰っている『生命活動力』がここにも働いている!と実感させられました。そんなある日、芽が出初め、あとは、根にも勝る勢いで葉が出、茎が伸び・・・・そして薄紫の見事な花を咲かせました。それはヒヤシンスでした。

スズキ・メソードの教えの中に、『備・教・育、育、・・・』という言葉があります。備はそなえであり、準備のないところに教は行われない、そして、このヒヤシンスの栽培から、あれほど根が張って、初めて芽が出、そして花を咲かせる、そのプロセスを教えられました。そして

鈴木先生の格言に『ひとは環境の子なり』という名言がありますが、才能を育てる土壌は環境であり、それが目に見えないところで働いていることを教えられました。

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